血柘榴 10
ナオンを追いかけて屋敷まで走る。
空腹になど構っていられない。
そんなことより早くナオンの安否を確認したい。
息が切れて苦しくて胸がギュッとなる感覚と口に広がる鉄の味を噛み締めながら屋敷のドアを開いた。
中には、沢山、の匂いが広がっている。
うちの人の匂いじゃない。
誰か知らない人の匂いだ。
嫌な予感がする。
「ナオン!」
今まで出したことないくらいの声を出してナオンの名前を呼ぶ、喉がヒリヒリする。
「ナオン?」
住み慣れた家の廊下を歩きながら名前を何回も呼ぶが返事がない。
「…どこ?」
不安で胸がぎゅぅっと締め付けられる。
何かあったんだろうか? どうしよう、自分の心臓の音で耳がうまく聞こえない。
嫌な予感しかしない。
カシャンと遠くの部屋で何かが落ちる音がして慌てて振り返りその部屋へ走り出した。
ナオンかもしれない。
ドアを破る勢いで開けナオン! と声を張り上げる。
「おう、お前が例の気味の悪ぃガキか、bossがお前を探してたんだよな、良かった、メスガキじゃなくて済んだぜ…いやァ…すばしっこい上に腕が立つから大人しくさせるのに苦労したんだ」
「ナオンに何をした」
男の足元でぐったりと横になっている妹の姿を見て、身体がカッと熱くなる。
今にも弾け飛んでしまいそうな感覚を押さえつけて必死に言葉を紡ぐ。
「あぁ、これか? あんまりにもうっとおしい上に逃げ回ってウザかったからすこぉーし薬を打ってやったのさ」
「悪いことなんてしてないのに…っなんで俺たちが死んだり傷つかなきゃいけないんだ…!」
「お偉いさん達の邪魔だからなァあと、お前はbossのお目に止まったのさ、大人しく捕まってくれよ、そしたらこのメスガキは殺さなくて済むんだからさ」
「死ぬほどの薬を打ったのか…?!」
「あー…まぁ…」
「まぁ、じゃない! なんてことをするんだ…!」
今まで感じたことの無い怒りと頭がグルグルと揺れるような焦りで思考が上手く働いてくれない。
だめだ、これ以上ひとを殺めてはいけないと理性が囁いてる。
それと同時に叫ぶようにナオンに手を出すクズは1人残らず抹殺せねばと本能が叫んでいる 。
お医者さんがいたはずだ。
この家にもちょくちょく来てくれていたあの人ならナオンのこの毒を解毒出来るかもしれない。
だとしたら一刻も早く連れていかなければ。
「そんなに怒んなよ、たかが1人殺したくらいで」
男の穢い足がナオンを踏み付けにするのを見て体に火がついたような感覚とブチッという音がどこからか聞こえた。
弾け飛ぶ様に男に向かって駆け出したが呆気なく腕を取られ床に叩きつけられた。
腕が無理やり曲げられて軋む音がする
でも、腕1本でナオンが救えるなら折れたって構うものか。
無理やり腕を曲げて、そいつの腕を掴んだ 。
軋む音がして力が抜けてしまいそうだ。
「無駄な抵抗だぞ、それ以上動くと腕を折るからな」
「ナオンの命の方が重い」
軋む音、ミシミシと嫌な音がして油汗が止まらない。
もしもこの腕が使えなくなってもナオンなら片手で抱えられる。
だから、大丈夫。
ゴキっ、という鈍い音が自身の肩から聞こえたと同時に相手を地面に叩きつけた。
肩が重い、どくどくと脈を打ってるみたいなジンジンとズクズクと刺すような【痛み】が身体中を走り回ってるみたいだ。
叩きつけた後にナオンを掴み飛ぶように離れる。早く逃げなきゃ、医者に見てもらわなきゃ。
「っの糞ガキ!」
黒い覆面を付けた男がどなって俺の方へ走り出す、やばい、どうしよう。
ナオンを守るには、あいつを殺さなければ。
今日だけで何人殺めたのだろうか、そんなことが頭をよぎった。
でも、まあ、あれだけ殺してれば1人増えたところで罪の重さは変わらないだろう。
本能がそう叫ぶ、理性がやめろと訴え掛けてくる。
そうしてる間も男が距離を詰めてくる。
またどこかでぶちっと何かが切れる音がした
あぁもう、めんどくさい! ナオンが救えるならもうそれでいい! 人殺し? もうそんなのどうでもいい。
俺は人を殺し過ぎたし過ちを犯しすぎた。
それに腹がすいたんだ。
お前もそうだろ、ナオン、お兄ちゃんがこいつらを殺してすぐ美味しいものを食べさせてやるから。
それに俺はどうにも腹がすいてるみたいだ。お前を守らなきゃいけないのに守りたいのにほんとダメな兄貴でごめんな。
掴みかかる男のドクドクと波打つ首へ歯を突き立てた、首は大抵の動物の急所だから。
布を突き破るとぶちり、と皮膚の破れる感覚 今まで感じたことがない甘みと信じられないほどの空腹感に襲われた。
つんざくような悲鳴を上げて俺を引き剥がそうと暴れるから、思い切り歯を立てて肉をぶちぶちと引きちぎって血を啜る。
人間ってこんなに甘いのか。
ぼとっ、と音を立てて水分を吸った覆面が落ちた。
しばらく暴れていたがやっと大人しくなった男から口を離して深呼吸をする、身体がかっかと熱を持っておかしくなりそうだ。
ナオン方へ目を移すと血の気が引いた。
目が覚めるような冷たい冷水を頭から被ったかのように冷える感覚がする。
ナオンは横たわったまま動かない、血の気が無い。
「なおん」
ふらふらとナオンの所へ歩み寄って揺する、意識が戻らない、男は薬を打ったと言っていた。
「ナオン!」
揺すっても軽く頬を叩いても反応がない。
胸に耳を寄せて必死に音を聞き取ろうとするけど、全く何も聞こえない。
触れると氷のように冷たくて。
間に合わなかったと冷静に冷めた頭が判断を下す。
「…俺のせいだ」
あの時危険だとしてもそばにいてやればこの男に捕まることも殺されることも無かったのかもしれないのに。
後悔しても遅いことはわかってる。
それでも自分の判断のミスのせいでナオンは死んだのだ。
冷たい死体と腐臭と鉄の匂い。
空腹で頭がおかしくなりそうで、目の奥が熱い。ズクズクと熱を持って、ソレは目から零れて落ちた 。
ナオンだったものを抱き上げて、抱き締める。
まだナオンの匂いが生きていた。
力無くだらりとした腕が抱き締め返してくれるような気がして。
こんな悪夢みたいな現実すら嘘だと言ってくれそうで。
「なおん…僕の唯一…」
出た声は、思ったより小さくて。
目からこぼれる液体がナオンの頬に落ちて消えていく 。
真っ黒で穢い僕のソレがナオン皮膚を伝って床にシミを作っていく。
ナオンが他の奴らに取られてしまう前に奪われてしまう前に隠さなければ
「…大丈夫」
血の気の無くした皮膚へ歯を立てる。
ここなら絶対見つからない奪われない。
「ナオン…好きだったよ」
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