血柘榴 8
バタバタと走って本を数冊取ると急ぎ足でナオンの部屋へ向かう。
昔よく読んでいた本、喜んでくれるかな、読み方が上達してることを願いながらドアを開けた
「持ってきたよ、ナオン?」
静かに目を閉じているナオンをみて血の気が引く。
「…よかった、寝てるだけだ」
近づいて息を確認してホッ、とする。
「おに、ちゃ……ごめん、ね……」
にむにゃむにゃと可愛い口を動かして何か言っている。
ナオンは何に対して謝ってるんだろう…? ナオンはきっと俺のことはよく知っている。
けど、俺はナオンのことをあまりよく知らない、小さい頃のことならともかく。
優しい子だからきっと何かを抱えてるんだろう。な… そういえばこの間ナオンが泥まみれで帰ってきた時、ひどい鉄の匂いを纏っていたな…あの匂いは、あまり好きじゃない。
生臭くてゾワゾワするような匂いだから。
母様たちにバレる前に風呂に入れて服も燃やして事は済んだけど、あの時ばかりはナオンに何を聞いても答えてはくれなかった。
きっと誰かに虐められたんだ。
俺みたいな兄がいると噂になってしまっていたのかもしれない。
ここは町から離れてるからなかなか人が寄り付かないというのに、ここにわざわざ来るなんて、なんてモノ好きだ。
そっとしておいてくれたらいいのに。
ナオンの髪を優しく撫でながら子守唄を歌う。
歌は上手くないけど、鼻歌なら多分マシだと思う。
俺の唯一がどうか夢の中では楽しく過ごせますように 。
悲鳴が遠くから聞こえる、何か爆発するような音と嫌な破裂音。
ナオンと遠くへ逃げたい。
俺の唯一と遠くに、誰も知らない土地へ。
ドコン、と鈍い音とドアが勢いよく開く音がした。 あれは母様の開けた音ではない。
父でもないしシォンでもない。
ズルズルと何か鉄のようなものを引き摺る音も聞こえてくる。
危険だと、俺の心臓が危険信号を発している。
何が来た何が起きた。
さっきまで平和だったのに、なんでまたこんな時にあまりに唐突な訪問者に頭がぐちゃぐちゃと音を立てて思考回路を絡める。
なにがこようが、ナオンを守らなきゃ、俺の、俺だけの救いを唯一を、愛しい人を。
絡まった思考の中、これだけは大きな音で
頭の中で再生された。
守らなきゃ、と。
ドスドスドスと歩く音とドアを一つ一つ開けて回ってるようで開けたり閉じたりを繰り返している音がする、 ナオンを隠さなきゃ。
寝てるナオンを抱えて窓の方へ走る。
弱った体じゃ走るのも大変だけど、でもナオンが生きれるならそれでいい。
窓を焦るように開けて下を覗くと地面までかなりの高さがある。
でも迷う猶予は無い。
音がもうそこまで来てるんだ。
一か八かにかけて、窓から飛び降りた。
ドアが開いて赤い髪が覗き込むのと同時に体は空へ。
ドスっ、と音を立てて着地をする。
その振動でナオンが起きて、何事かと俺を見て、口を開く。
足はジンジンと熱を持ってるけどよかった、なんとかまだ歩けそうだ。
急いで走り出し、離れ家へ、林をぬけて小さな丘を越えて。
ナオンがしきりに何事かと聞いてくるけど答える余裕はないんだ。
ごめんね、と何回も謝る。
この時ばかりは自分がバケモノじみてることに感謝した。
第2部
離れ家は小さな二階建てで、鍵を壊し中へ入るとナオンをソファーに座らせた、と同時に俺は力が抜けて座り込む。
ナオンは状況が飲み込めないまま俺の頭を撫でた。
「なにがあったの?お兄ちゃん」
「…なにか、酷く嫌なものが、近づいてきたから、逃げなきゃ、って、君を、守らなきゃって」
「…なにか怖いものが来たのね」
「うん…」
「守ろうとしてくれてありがとう、お兄ちゃん、大好き」
「僕もだいすき、ナオン」
「ふふ、昔に戻ったみたい。お兄ちゃん、お兄ちゃんはお兄ちゃんのままでいいんだよ? 僕でも俺でも、お兄ちゃんはお兄ちゃんだもの、私の世界一愛しい人」
「ありがとう、ナオン…」
「いいの、あのね、お兄ちゃん」
「うん?」
「今すごく綺麗な碧だよ」
「どこが…?」
「お兄ちゃんの目」
「…ほんと?」
「私は絶対お兄ちゃんに嘘はつかない。鏡があったら見せたいくらいだわ」
「…そっか」
遠くで聞こえた母の声に似た悲鳴を無視して俺はナオンの膝に頭を預ける。
今は全てがどうでもいい。
ナオン優しい手がすごく心地よかった。
このままこの時が止まってしまえばいいのに。
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