血柘榴7
日と共に火薬の匂いと銃声が近くなっていく。
ますますうちの食料は底をつき始めていて、まともな食事も取れなくなってきている。優先的にナオンにたべさせてはいるものの足りなすぎる…このままではナオンは近々餓死してしまうかもしれない。
母様に服とアクセサリーを売るように提案をしたが酷く頬を叩かれて終わった。
話にならない。
ココ最近毎日交渉をしに行くがダメだ。
頂き物だから〜とかこれはあの人がくれたものだから〜とキリがない言い訳をしている。
俺の部屋にある本を母様と出かけるナオンに頼んで売れるだけ売ったが端金? にしかならなかった。
母様に頼んでナオンに食べさせるものを買ってきてもらったがそれもそろそろ限界に近い。
母様本人も弱っている。
なぜ俺だけが平気なのか。
昔から体は丈夫だし傷の治りが早いのは体質だと思っていたけど、ナオンは遅いしすぐお腹を壊す。
食事には配慮しなければいけないのに、配慮する余裕もない。
「…なんとかしよう」
ボソリと呟いて母様の部屋に忍び込んだ
たくさんの服、たくさんの香水、たくさんの本と宝石、これらは全部父様が母様の為に買ったもので、父様は母様の顔にぞっこんだった、綺麗な青い目に対象的な赤い髪、人形みたいに白い肌。
性格を除けばまるで負の打ちどころがない。
なぜ俺にはその青い目も綺麗な肌もないのか、疑問で仕方ないけど。
母様が着ないのに仕舞いっぱなしのドレスをいくつか抜き取り、ホコリを被った宝石たちを袋に詰める、ココ最近具合が悪くて寝込んでいるナオンの為にお金を作って、栄養のある食べ物を買ってこよう。
たまごとか、茹でて食べさせたいな。
そしたら前みたいに元気に走ったり笑いかけてくれるようになるかもしれない。
ただ、近くの街に行くにも4時間はかかるし馬を使っても2時間はかかる。
母様は今日は遠くの町へ出かけているからそれは大丈夫。心配なのはナオンだ、1人にしたくない。
弱ってるナオンを1人にしたら死んでしまうかもしれない、かと言って連れていくことも出来ない、けれど行かなければ先がない。
酷く悩んで玄関先と廊下をウロウロしていたらナオンが歩いてきた。
「おにーちゃん?どしたの? トイレはあっちだよ?」
「トイレじゃないんだ……」
「じゃあ、散歩?私もついて行っていい?」
「具合は?大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫、熱も引いてきたし」
「そっか、あのな、ナオン、僕、少し出かけてきたいんだ、留守番できる?」
「…嫌、行かないで」
「ナオン」
「お兄ちゃん、私を独りにしないで」
「…わかったよ、大丈夫?」
「うん。ねぇ。お兄ちゃん お腹すいたね」
「…そうだね、あ、そうだ、俺さ、りんごを持ってるよ。ほら、食べて」
後でナオンにあげようと持っていたリンゴを差し出すとナオンは微笑んで半分こしようと言う。
ナオンはすごくいい子だ。
なんでこんな不幸な目に遭わなきゃ行けないんだろう。
神がいるならナオンを救って欲しい、俺の命と引き換えでもいい。
こんな優しくて素直な子を生かせるなら。
けれど、神はいない。
「お兄ちゃん」
「どうした?」
「抱っこして欲しいな」
「お易い御用さ、俺のお姫様」
ひょい、とお姫様抱っこをしてくるくる回るとナオンは嬉しそうにころころと笑った。
軽過ぎる体重と力無いその笑い声は酷く俺の胸を締め付ける。
ナオンをお姫様抱っこしてナオンの部屋へ連れていく、早く体を休ませたい 。
「ナオン、りんご美味しい?」
「うん、お兄ちゃん、ありがとう」
「いいんだ、もっと食べな」
「うん」
ぽすんとベットに乗せて布団をかける。
座りやすいようにクッションを添えて。
しゃくしゃくと音を立てて半分に切ったリンゴを齧るナオンを見て少しほっとした。
これ以上やせ細ったら本当に死んでしまう。
母様はナオンよりも食べているのを俺は知ってる、酷い人だ。
自己中心的で驕慢にも程がある。
俺はいいとしてナオンがこんな扱い、自分の娘を扱ってるようには見えない。
「お兄ちゃん、あのね私ね、お兄ちゃんに隠してたことがあるの」
「そうなの?」
「うん、だって、恥ずかしいから、あと知られたくなかった」
「どんなこと? 俺なんかしたっけ 」
「ううん、お兄ちゃんは悪くないの悪いのはあいつらだもの」
「あいつら?」
「街の女達、私のお兄ちゃんのこと、すっごくいやらしい目で見てたの、それですごくムカついちゃってね」
「…いつの間に」
「街では噂になってるの、町外れに住む人外、殺して骨を煎じれば不死の薬になる、って」
「それはホント?」
「嘘に決まってるでしょ? お兄ちゃんは人だよ? 私のお兄ちゃん。外の人間に見る目が無いだけ」
「ナオン、それは言い過ぎだよ…それに半分は嘘じゃないんだし 」
「でも!」
「この目や歯を見ればそうも思うさ」
「お兄ちゃんは化け物じゃない!」
「…ナオン」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん! お母さんもお姉ちゃんもお父さんも見る目がないんだわ!」
「ナオン」
「…お兄ちゃんは私の唯一なの…誰にも取られたくない」
「ナオン……大丈夫、僕の唯一もナオンだけだよ」
胸がきゅうっと締まる感覚とカッカと熱を持つような満ち足りた感覚。
俺はこの感情の名前を知らない。
「お兄ちゃん大好き」
「俺も大好きさ…だからどうか、長く生きてくれ」
「…うん、頑張る、ねぇ、お兄ちゃん。今日はここにいて、本を読み聞かせて欲しいな、昔よく読んでくれたおとぎ話」
「いいよ、本、取ってくるから、ここにいてな」
「うん」
青い目を細めて言うと俺に弱々しく笑いかけた。儚い光を持った目はずっと俺だけを写していた。
「できる限り急ぐから」
「うん、気をつけてね」
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