血柘榴4
母様はその日から俺を悪魔と呼ぶようになり、何度も何度も、十字架を投げつけて、食事も前よりも少なくなったような気がする。
母様いわく、俺は邪魔らしい。
ナオンはそんな俺を心配して自分の食事を分けようと部屋にやってくる、それを見た母様は怒り狂ってナオンを叩こうとする。
その度に必死にかばおうとするけどナオンはそれを許してくれなかった。
腫れた頬に涙が伝うのをここ数日で何回も見た、なんで俺なんかを庇おうとするんだ、 庇わないでとあれだけ伝えたのに。
「お兄ちゃんは悪くない、悪いのはこの世の中なんだよ、世界がお兄ちゃんを否定するからいけないの、大丈夫だよ、私はどんなときもお兄ちゃんの味方だから」
小さい時からナオンは俺を慕ってくれていた、こんな悪魔と呼ばれた兄を健気にもずっとお兄ちゃんと呼んで付いて回るのだ、胸が締まるようだった、その優しさがいずれ消えてしまったら俺は何に縋って生きていけばいいのだろう
あの一件以来家族は明らかに壊れてしまった、普段絶対に口答えどころか目も合わせないような俺が怒鳴り、生まれて初めて親に逆らったあの日から。
国もどんどん戦争によって滅びていく、噂では生物兵器が暴走してるそうだ。
この家に火の粉が来るのも時間の問題だろうな、それに作物も育ちにくくて家の食料がどんどん底ついて行く、森の生き物たちも国の異変に気がついてか、見かけなくなった、魔女の森は静けさを増して凄く不気味だ
それすら俺のせいだと母様は言って毎日毎日、祈り神に縋っていた。
神なんて居ないのに
髪が伸びて来て、後ろで一つに結わないと鬱陶しくて堪らない、赤い髪は風に揺れて顔を隠すしたまに口や鼻に入ってきて痒いったらありゃしない、ナオンがそんな俺を見てニコニコと笑いながら髪を編み込んで纏めると妹ができたみたい、とコロコロとした笑い声で笑う。
貧しい空腹に苦しめられていてもナオンはそんな素振りすら見せない。
柔らかな頬はすっかり細くなってしまったのに、俺のせいだ
暖かくて優しい細い指が俺の髪を梳くたびに心地よくてナオンに微笑みかけた、
「いつもありがとうな、結わないと鬱陶しくて」
「ううん、いいの、それにお兄ちゃんの髪凄くさらさらで綺麗だから触ってて気持ちいいの」
「ほんと?ありがとう、嬉しいよ」
優しい言葉と優しい手つき、ナオンは俺の天使だ、唯一の救い、俺がもっと頑張ればナオンはもっと笑いかけてくれるだろうか
「お兄ちゃん、お腹すいてる?」
「大丈夫だよ。ナオン。また自分の食事を持ってきたの?」
「えへ、だってお兄ちゃん、
もう2日も何も食べてないじゃない」
「大丈夫だよ、男は強いんだから」
「お兄ちゃんはそればっかり」
「俺はナオンみたいに賢くないから、ほら、自分で食べなよ」
「何言ってるの、お兄ちゃんは賢いでしょ、この間も難しい外国の本をスラスラ読んでたじゃない…。守ってあげれなくてごめんね、お兄ちゃん」
「語学は得意なんだ、でも話すとなるとどうもね」
いいんだ、と守るのは俺の仕事だ、と笑いながら言うとナオンは呆れたような顔をしていた
「もー、もっと自分に自信持ちなよ、お父さんのお墨付きなんだから」
「俺はまだまだだよ、余りにも無力だから」
「またそんなこと言う、自分を無下にして信じてない、神様はちゃんと見ててくれてるんだから、きっと報われるよ」
「……そうだね、神様が、見てるもんな」
「うん!」
神なんて居ないのに、そんなものいるのならなぜナオンがこんな苦しい思いをしなきゃいけないんだ、ナオンは救われて当たり前なのに、こんな、純粋な子を見捨てる神なんて神じゃない
「ほら、そろそろ戻らないと母様の雷が落ちるよ」
「もうそんな時間なの?んー……やだなぁ」
可愛い頬をふくらませてナオンは渋々と立ち上がった
「…髪ありがとうな」
「ううん、またね!」
パタパタと廊下を走っていくナオンを見送り、足音が遠のいたのを確認するとこっそりと普段から趣味で親の懐からくすねて貯めていた銀貨や銅貨を袋に詰めたものを隠した場所を見つめた
コレが食費の足しになってくれれば…!
ささやかな反抗心と抵抗心、普段のやり返しのつもりでくすねては使うでもなく布袋に入れて床板の下に隠していた
でも、困ったことに、自分で物を買いに行ったことは無い、しかもこのコインになんの価値があるのかも知識としてしか理解出来ていない。
俺は、この屋敷の敷地から出たことがない、あの森以外には。
どうしよう。
「テォン」
「母様」
「…家の食料が底をついたわ、作物ももうダメね、あなたが呼んだ不幸のせいよ」
「…これからどうなるんだ?」
「汚らしい声…覆面はどこにやったの?」
「……外してるよ、あれ、顔が蒸れるんだ」
「知った事ないわ、付けなさい、あれには特殊な魔術をかけてあるんだから」
「…つける代わりに、俺の願いをひとつ聞いてくれる?」
「…内容によるわね、私相手に交渉だなんていいご身分になったものだわ」
「…これを使って、街に行って食料を買ってきて、ナオンにたらふく食べさせて欲しい」
「…どこから持ってきたの、こんな大金」
「それは言えない。けど、金に変わりない、だろ?」
「…そうね、分かったわ、覆面を絶対に外さないこと、ナオンに今後近づかないこと、この2つが絶対条件よ、ご理解出来て?」
「…わかったよ、母様」
「ふん、たまには物分りがいいじゃない、近々、あなたの部屋に鍵をつけるわ、じゃあ、買い出しに行ってくるわね」
「…はい、母様」
俺は、今朝のナオンの笑顔をこれからも守れるなら、なんだってする。
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